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「闘病」
日々の徒然

子供の頃

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子供の頃は、よく遊んだ。朝早くから、夕方遅くまで泥んこになって遊んだ。おかげで、母に帰りが遅いと家の外に出され、しかも泥んこということで叱られ、夕ご飯抜きという目によくあった。だが、父がいつもそれを見ていて助け船を出してくれた。


母は、かように厳しい人であったが、今、孫に接している姿にその面影はない。私が小学低学年の頃には、父が家の前に畑を作っていて、畑には、トウモロコシ、トマト、なすび、きゅうり等が植えられており、子供の頃はよくその中で遊んだものだ。畑の近くには鶏小屋もあった。また、田んぼもあって、春先には、よくレンゲ畑で友達とレンゲを摘みながら遊んだ。私の暮らすこの町には、自然がまだまだたくさん残っていて川、海、山といくらでも私たちを楽しませてくれる。すごい田舎町ではあるが、私は、自分の暮らすこの町が好きだ。さて話を戻すが、小学生の上学年の頃になると、今度は家の近くにあった団地醸成のための小高く積まれた、土砂の丘を段ボールのそりでよくすべって遊んだ。しかし、丘が急傾斜だったせいもあって、下るときには、すごいスピードがでて怖いぐらいだった。また、団地の前は、このあたりがたんぼや、沼地だったせいもあって近くの川や家の側溝には、いろんな生物がいた。50cmもあろうかという食用ガエルや、腹の赤いこちらでは、”赤はら”とよばれているイモリなんかがウジャウジャいた。よく、取って遊んだものだが、それとは別に、団地の前を流れる川で手づかみでふなや鯉を捕って遊んだりもした。ふなや鯉の大きいものは、50cmから1メートルもあろううかという物もいたが、たまに、台湾うなぎやどじょうもつかまえた。
私たちは、団地のこれまた近くにあった防空壕跡の洞穴や山の木のうえに隠れ家を作ってみたり、夏休みになると、真っ黒に日焼けして背中の皮がむけてまた黒くなるまで、一日じゅう川で泳いだものだ。この頃は、台風がくれば、急流になって河口まで押し流される、渦巻く川を面白がって泳いだりもした。全く、無茶もいいところであった。このように、子供の頃の話になると、尽きるところがないが、きっとそれは、それだけ楽しかったという事であろう。
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